にゃにもの? -その7-

つづきなのら

 

ボク「そうなんですよねー。嘘をつかないとか謙虚とか、小学生でも

知ってるようなことだけど、簡単そうで難しいです」

閻魔「まあたしかにそうじゃが、そうでもないとも言える」

 

ボク「どういう意味ですか?」

閻魔「謙虚ひとつとっても、難易度があるということじゃ」

 

ボク「難易度があるんですか?」

閻魔「当然じゃ。天狗にならず常に謙虚にとよく言われるが、むしろ

まずは天狗になれ!と言いたい」

 

ボク「ええ! 天狗になれ!ですか?」

閻魔「そうじゃ。天狗になるくらい自分のステージを上げることが先

その上で謙虚であり続けられるか、それが本当の試練じゃから」

 

ボク「じゃあ天狗になるほど成功してない、自分のステージを上げて

ないなら、謙虚で当然ということでしょうか?」

閻魔「無論そうじゃが、面白いのは天狗になるほど成功できなかったら

『社会が悪い、時代が悪かった、本気を出せばこんなもんじゃない』

などと言い始めるのじゃ」

 

ボク「ああ。少し耳が痛いです」

閻魔「謙虚で当然なはずが、脳内に理想の自分を祭り上げて、これこそ

本当の自分だと陶酔し、理想の自分が周りを見下して天狗になるという

ヒトは不憫な生き物じゃのう」

 

ボク「つまりこういうことでしょうか?

苔:天狗になるほど自分を高めていない・謙虚じゃない

梅:天狗になるほど自分を高めていない・謙虚

竹:天狗になるほど自分を高めている・謙虚じゃない

松:天狗になるほど自分を高めている・謙虚」

閻魔「松竹梅システムか。うむ、そういうことじゃ」

 

つづくのら

 


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